『春雨 -帝と役人- 』 | ◀ / ▶ | 全1頁
天が糸を、
雨の降りしきる庭に
濡れた土が泥というのさえ
池には無い反物の色彩がひとつ、水面に映る己の影の側に増えている。
「みか」
声を発しきる前に、見覚えのある笏が彼の肩に触れた。
「
それが己だと自覚する彼は帝の笏があるために振り返ることもできない。ただ役目に付属する特権でもって、直立したまま
「お嫌ならば、
「
「先に春雨をお褒めになりましたな。さすれば、忌み先は雨を
ぼす、と笏が彼の首を打った。冗談が過ぎたのは承知だが、他人がいないと知ればこその放言だ。天地を照らす光輪の化身が帝の祖であり、この世の
「そんな世を望むか、お前は」
「我が首だけならまだしも、妻子どもの先は案じておりますとも」
「まるで朕が非道のようではないか」
しかし気に召したらしく、笏はつと彼の肩に戻り、離れた。
ようやく帝の御前にひれ伏すことができた。
「朕が
「では反物比べは中止になりましたか?」
「一番は
うんざりした顔にいいえと答えるのは役職であり私心である。退屈だ、つまらぬと宮中の暮らしを憂う帝の心を映す鏡であるが
「素晴らしい物揃いだったのでしょうな。私などが見れば目が潰れてしまうでしょう」
ああ、怖やと
「
「戒めであられましたか」
しかし帝も感極まって
「朕にもの申したくば申せ。そのためのお前ぞ」
上から降ってきた
「決してそのような」
「では役目果たせず、任を解かれて故郷に
今までの労に報いて
「さすれば、いささか……」
春雨は細く絶え間なく続き、彼もまた絶えることなき問答に明け暮れた。
2022.03.31